2007年12月10日アーカイブ

 12月8日は姫川病院に土地を貸してくださっていた地権者の方々にあいさつに

行った。本来ならすぐにでも行かなければならなかったのに、どうしていいやらも

わからずにずるずると伸びてしまった。本来なら怒られても仕方のないことなのだ。

 破産管財事件で一番やっかいなのは、建物の借地関係の処理である。建物の

買手が決まるまでずるずると借地料を支払わなければならない(手続開始後の賃

料は財団債権である)。また、売却の目処が立たないとなると、その建物を破産

財団から放棄しなければならなくなる。そうすると、地権者から建物はいったいどう

するのだとクレームが来る。参考資料をひもといても、良い回答はまったくない。

地権者に贈与ということもある。しかし、地権者にそんなもの入らないと言われたら

どうするか?悩ましい問題を抱えつつ個別訪問をして今までの非礼を詫びるのみ

だった。

 それにしても、いろいろな方々から、病院が倒産したことが信じられないという話が

でてきた。お昼に時間ができたので、市民図書館によって病院設立時の「公報いとい

がわ」の資料に目を通した。それらによれば、昭和59年から60年にかけて糸魚川市

議会では病院誘致委員会というものができて、病院建設などについて協議がなされて

いたようだ。都会のでかい病院が進出するという話もあったが、地元の医師会の反発

などもあって挫折。結局、一から病院を立ち上げる、ひいては生協での設立がもっとも

開業が早いということで医療生協立姫川病院ができたということらしい。

 悲劇はここから始まったようだ。民間の病院ではあるものの政治家が発案し、現に理事

になっているわけだから、誰でもが公営の病院であるかのように信じてしまったようである。

しかも、理事となった政治家や市役所OBは経営のセンスがないし、理念もない。組合債

を安易に発行してキズ口を広げて行ったのである。

 

 

 

 

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