2008年1月 4日アーカイブ

 大晦日は、いつも紅白を観て過ごしてきた。やっぱり今年もそうだった。ジャ

ーナリストの本多勝一は、みんながみんな紅白を見て過ごす日本人の習性は

おかしいとかいうことを、はるか昔に「貧困なる精神」で書いていた。たしかに

そうかおかしいか、と思ったこともあるが、そうだとしてもそれで家族が団欒で

きるのでからいいのではないかと思いなおして、結局ずうっと紅白を見て過ごし

てきた。とくにここ最近は、一年の歌の総まとめができるので、むしろ大晦日の

この時間帯が楽しみでたまらない。

 今年は、とうとう最初から最後まで見通しで東京タワーが白に染まるのまで

見てしまった。今年の紅白は「歌の力 歌の絆」とか言っていて、たしかに見て

ても力が入っているなあと思ったけれど、翌日の新聞では視聴率が今一発だった

ということだった。見入ってしまったのは私だけかと思い、少し悲しかった。

 

 何に見とれたかといえば、やっぱり「あみん」だ。「待つわ」は、もう私が高校

時代の頃に流行った歌だった。その当時、彼女たちはまだ大学生だった。歌っ

ている姿にあみんも私も年をとったのだと実感した。しかし、人が歳をとっても「待

つわ」は今でもカラオケで歌い継がれている。やっぱり「歌の力」なのだ。

 

 それから、すぎもとまさとの「吾亦紅」にも「そうだよなあ、そうだよなあ」と共感

した。

「盆の休みに帰れなかった 俺の杜撰さんさ嘆いているか・・・仕事に名を

借りたご無沙汰 あなたにあなたに謝りたくて  山裾の秋ひとり逢いに来た」

そう、元気な時はまあいいかと思ってめんどうくさいから帰りもせずにいたら、そ

の間にお母さんは亡くなってしまった、というのだ。あるよなあ、こういうこと。

 

「来月で俺離婚するんだよ そう はじめて自分を生きる」

 このフレーズが妙にリアルで新鮮だった。恋愛、不倫などの歌はいっぱいあるが、

離婚を決意する歌は少ない。たしかに、離婚の決断は人生の一大事ではある。そ

れを男が「自分を生きる」証として母親に言うくらいなのだから男性と女性の力関係

も少しは変わってきたのだろうか?と思ったのは私だけか?

 

 12時が近づいた。娘を連れて村の鎮守様と近くのお寺にお参りに行った。寺には

小さいけれど鐘つき堂がある。昔、戦争で鐘が供出された。しかし、昭和60年頃

に檀家がお金を出し合って鐘つき堂を建てたのだ。だから、鐘はみんなの財産なの

だ。それで、12時近くになると、近くの村人がそれぞれ家を出て鐘をつきに集まっ

てくる。昔、このときには必ず顔を合わせて「いい男になったねえ」とお世辞でも言っ

てくれた近所のお祖母様は数年前に亡くなってしまっていた。

 そういうことを思いつつ、「南無阿弥陀仏」と唱えて鐘をつく。「ゴーン、ゴーン」と

いう音が堂から村へそのまた隣の村に伝わっていく。その音が消えていくのを聞き

ながら、雪の夜道を帰っていった。そして、また新しい年が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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