2008年1月16日アーカイブ

  少し前になるが、昨年12月27日高校教科書の沖縄戦に関する記述につき

一応の解決が図られた。ただ、記述の表現が変更されれば単純に解決される

問題ではない。沖縄の人々は、歴史を都合のいいように書き換えないでほし

いということだったはずだ。だから、「沖縄戦」「集団自決」という歴史的事実を

私たちがどのようにとらえるのかということが重要である。つまり、教科書を多

少修正しても国民の意識が変わらなければまったく沖縄の問題提起に答えて

いないということになる。

         ※         ※           ※

 沖縄キリスト教短期大学名誉教授の金城重明氏の『「集団自決」を心に刻

んで』(高文研)という本を読んだ。金城氏は、1945年3月の沖縄の渡嘉敷

島で起きた「集団自決」を体験し生き残った一人だ。

  金城氏によれば、「集団自決」は日本軍が配置されていた島々でしか起こっ

ていなかった、皇民化教育・鬼畜米英の思想が骨の髄まで叩き込まれていた

にしてもそれだけでは「集団自決」は起こらなかった、という。

 渡嘉敷島にいた日本軍は、米軍が上陸する1週間位前に住民に手榴弾を

配り、「敵軍に遭遇したら、一個は敵に投げ込み、他の一個で自決しなさい」

と指示をしていた。そして、米軍が上陸すると、軍は住民に対して軍の陣地の

近くに非難するように指示をした。自決の命令が出たという情報が村民に伝わ

ると、村長のもと「天皇陛下バンザイ」が三唱され、その後に手榴弾が破裂し

ていった。それでも、破裂が失敗するなどして住民の多くが生き残っていた。

ところが、次におそろしい事態が発生した。死なずに残っていた中年の男性

の一人が、一本の小木をへし折り、それで自分の愛する妻子を狂ったように

殴殺し始めた。それを見た残りの住民が、その後は以心伝心で次々に愛す

る肉親に手をかけて阿鼻地獄が展開されたという。

         ※           ※           ※ 

 たしかに、このような話である限り、軍が直接住民を殺戮しているわけでは

ない。しかし、軍は手榴弾を渡し自決を促している。また、本来住民を守るべ

き軍が、あろうことか住民をもっとも危険な自軍の陣地の近くに導いている。

こういう死を自発的な死といえるだろうか。

 一昨年前の検定は「日本軍に集団自決を強制された人もいた」という記述

を「集団自決に追い込まれた人々もいた」として修正したように、(新潟日報

2007年12月31日「「従属」検定浮き彫り」)、「日本軍」「強制」という文言

を削除させた。しかし、これではなぜ自死を選んだのかという原因がまったく

わからない。

 では、「集団自決」の原因をぼかしてもいいのだろうか。私は、そういう姿

勢はよくないと思う。なぜなら、人間が自ら死を選ぶということは非日常的な

ことだ。まして人が自分の家族を殺めるということは異常の極みである。これ

を分析することが同じ誤ちを防止することにつながるからである。

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