2008年2月16日アーカイブ
地元のマイナーな映画としか思っていなかった。地元の人が一生
懸命に宣伝していても、「町おこしにでもつかうのかなあ」としか
思っていなかった。ところが、高野商店の高野さんが「私の生家が
セットで使われているんですよ。是非みてください」と何度も何度
も薦めてくれた。画家の川﨑日香浬さん(事務所の年賀状の絵の
作者)も「高田の昔の街並みがそのままでてきて5分も立たない内
に泣いちゃった」と薦めてくれた。上越映画鑑賞会の増村さんも
「いい映画だよ」としきりに薦める。こういうことが重なってやっ
と観る気になり、今日リージョンプラザに行ってきた。
大雪だから、観客は我が家くらいしかないと思ったら、何と1回
目は長蛇の列で入場を断られた。しかし、今日は母も連れてきてい
るしこれを逃すともう高田での上映はないようなので、ヤマダ電機
で時間をつぶし、2回目の上映でやっと入って観ることができた。
高野さんは事前に「(泣くから)タオルを持っていった方がいいぞ」
と言ってくれた。まさかそんなことはと思ったが、それはウソではな
くすごく泣けてきた。映画が終了し会場が明るくなる。目が真っ赤で
視線をどこにおけばいいのか困った。
舞台は、昭和初頭の高田の街だ。ふみ子は牧村で生まれ盲目となり
高田に出て按摩の修行に入る。私の母に聞くと、母はふみ子の年とちょ
うど同じと言っていた。あの道路にどっさり積もった雪と雁木はあの
時代そのままだと言う。あの時代、ふみ子に限らず地方の女性であれ
ば誰もがハンデイを持ち毎日やっとの思いで生き抜いてきたのではな
いかと思う。そういう姿を按摩の師匠役の高橋恵子さんは好演してい
た。この映画で彼女はブルーリボン助演女優賞を受賞したとかで、まっ
たく受賞に値する名演技であった。
舞台あいさつされた原作者の市川信夫さんは「最近、満員で入場を
お断りすることが他の場所でもありまして、主催者として予想できな
いことが起こっています」と話されていた。たしかに、今日の新潟日
報の日報抄も「時間をかけ人から人へと感動の輪を広げていく作品も
ある」としてこのふみ子の海を絶賛していた。日報の編集委員も私と
同じように口コミで評判を聞き、重い腰を挙げて観に行ったに違いな
い(笑)。まだ、観ていない人、本当にいい映画でしたよ。是非観に
行ってふみ子を励ましてください。
