2008年3月16日アーカイブ

 看護大学がおかしい⑨にyamaさんという方からコメントをいただきました。こ

の場をお借りしてyamaさんにお礼申し上げます。

 

 HANAKOさんは、「私は助産学選択に関する希望する学生への説

もこのような現実を鑑み、責任ある立場から苦渋の対応をせざるを得

なかったのだと理解しています。」と大学幹部らの助産学を希望する学生へ

の説明について理解を示している。本当にそのように受け止めてよいのだろう

か。

 

 この助産学の件で、読売新聞3月13日付に「開講できるか 「助産学」」と

いう記事が掲載された。助産学の履修を希望する学生の話のみならず看護大

学の言い分も踏まえて書かれてある極めて公平な観点からの記事である。この

中にこういう下りがある。

「学生によると、助産学の履修説明会で大学側は、実習先の確保が難し

く、「10例以上の分娩を経験するには留年する場合もある」などと言われ

たり、留年するくらいなら卒業後に助産師養成校へ通うことなどを勧められ

たという。

 大学側は「事前に履修の厳しさを学生に知らせるため」としているが、学

生は「学生のためと言いつつ、助産学を受けさせないようにしているのでは

ないかとすら感じた」と話す」(以上の話は、私も繰り返し書いてきたことであり、

私の取材もほとんど正確であったことが裏付けられると思われる。)

 

  HANAKOさんは、主に内部事情から大学幹部が苦渋の決断をしたと説明され

ている。私も内部事情がそう簡単でないことはわかっている。しかし、その内部

事情というものが本当に開講できないという真の理由であれば、少子化や10例

の分娩実習などをあえて持ち出して説明することもないと思われる。

  留年する場合もある、と言うのは何となく脅しめいた言葉にも聞こえるし、他の

助産師学校へ行けばよいというのは、大学の責任を棚上げした無責任な発言に

聞こえると思う。そういう意味で、仮にHANAKOさんの言う通り、大学幹部が「苦

渋の決断」をしたのだとしても、それはまったく学生や第三者には伝わっていない

のではないかと思う。つまり、苦渋の決断をした割には言葉からはそのつらさが

伝わってこない。そのことは、言葉で語りかけ、学ぶことを本旨とする教育機関

にとって致命的な欠陥ではないだろうか、と思うのだが・・・。

 

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