2008年4月22日アーカイブ
さて、レセプションには原作者の市川信夫さんも出席され、歓迎のご挨拶を
されていた。
市川さんは、地元で学校の教員をされて、ある時高田盲学校に赴任された。
そこで、先輩教師にあたる粟津キヨさんと出会った。その粟津さんがふみ子の
モデルになった方である。
「市川氏は、桜の花びらを口に入れて花見を楽しんだりする、キヨさんの明るい
生き方に強く引きこまれ、盲人に対して抱いていた先入観を覆された。早速、
彼女お生い立ちなどの聞き書きを始め、ノートに記録するようになる」(映画パ
ンフより)
ちなみに、粟津さんは、1919年、牧村に生まれ、4歳で失明、9歳で高田盲
学校に入学、卒業後単身状況して、「日本のヘンレンケラー」と言われる斎藤百
合氏に出会い、その薫陶を受けたという(これもパンフから引用)。凡人からは
想像もできない苦労を体験されたことと思う。
さて。なぜ、モデルになった粟津さんのことを紹介したかというと、市川さんの
お話をしている姿やその話を聞いていると、モデルになった粟津さんが市川さん
に乗りうつっているのではないかという思いをもってしまったからだ。
市川さんからは、映画が受賞したからといって何の気負いも感じられない。
感動を生む素材があって、それを作家が言葉にした。名作なんてそういうもの
なのだよ、ということを市川さんは言っているのかもしれない。だからこそ、市川
さんは、言葉に表せないくらいすごい作家ではないかと思った。
