2008年4月24日アーカイブ
4月22日、弁護士会で裁判員裁判のフリートーキングがあって何でも自由
に話せるというので参加した。
まずは、この前のシンポと同じように、賛成論の鯰越教授と反対論の西野教
授がそれぞれの意見を開陳した。ただ、二人のお話は憲法論や沿革などにつ
いてが主だったが、来年5月21日に実施が確実視されていることからすると、
もう少し実践的なところを聞きたかったので、拍子抜けしたというのが、率直な
感想だ。いつまでも総論を述べていても仕方がない。
我慢できなかったので、私は以下のことを述べた。
・裁判員裁判で証拠開示請求手続きが導入されたが、大変使い勝手が悪い。
弁護人には十分な武器にはなり得ていないと思う。
・裁判員制度のために公判前整理手続きをして証拠調べ制限をしてしまうのが
もっともよくない。これでは拙速な審理になるし、冤罪が生まれる危険がある。
・つまり、これは、裁判員裁判というのは、真実発見でも適正な裁判実現の制
度でもなく、ただ、裁判員のための制度ということだ。これによって、被告人の弁
護に支障をきたすとなれば、失う犠牲が多すぎる。
・高田では裁判員法廷がない。高田の裁判は新潟で審理される。現在弁護士
会で考えられているのは捜査弁護は地元で、公判弁護は新潟でというリレー
方式だ。これが果たして理想なのか非常に疑問だ。否認事件であれば、公判に
なっても次から次へと疑問が生まれる。その度にまっとうな弁護人であれば、
現場に足を運び関係者に事情を聞くだろう。新潟の弁護士にそれが可能なのか。
中途半端であれば、冤罪を生むことになる。そうとすれば、結局、地元の弁護人
が捜査から弁護まで責任を負わざるを得ないのでは。そうなると、負担が膨大に
なる。こういうジレンマを佐渡や高田の事件は抱えることになるのではないかと
思う。
結構好き勝手なことを言ったなあ。でも、公判前整理手続は、私はすでに二つ
体験している。
公判前整理も体験もしない、模擬裁判もしないし傍聴もしない、そういう弁護士
たちが机上の観念論を展開して裁判員によって市民の意見が入るからいいと言っ
ている。そういう弁護士たちよりはまだましだ。
