健康で文化的な最低限度の生活を営む権利

 世の中が休みなのでなんとなく仕事もせずにNHKの討論番組をみた。今後の日本の経済成長にとって何が必要かという

ことで、大企業の経営者が、法人税が高すぎる、規制ばかりでは企業が国外に逃げ出してしまうなどと言っていた。その結

果として起こったのが、日本での貧富の差が拡大した社会で、それを国民が否定して政権交代に結びついた。しかし、民主

党の政策が行き詰れば、又、この経営者のように規制緩和などが実施されるのだろう。結局、政治は富の分配をめぐって

試行錯誤が繰り返されるものなのか、とあきらめた気持ちでテレビをみていた。

 ただし、そうは言っても、社会が将来にわたって持続可能であるためには、国民一人一人に譲るべきではない最低限のも

のがあるはずだ。人間として生まれた以上、せめて誰もが「生まれてよかった」と思いながら、新しい世代を生み出しそして

死んでいってほしい。そうしないと、国を支える国民の多数が自暴自棄になるだけで、企業の成長にも決してプラスにはなら

ないと思う。その最低限の保障が、「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」だと思う。「文化的」とは本当にうまい言

葉だ。「文化的」とは「人間的に」ということだ。それは、人間として認めてもらえるということだと思う。

 

 

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このページは、馬場秀幸が2010年1月 3日 20:58に書いたブログ記事です。

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