奴隷化するマスコミ
 「墜落」とは高いところからおちること。「不時着」とは、航空機が飛行中故障または燃料の欠乏などのため航続不能となり、予定しない時、予定しない地点に降りること、をいう(広辞苑第二班より引用)。したがって、飛行隊の降下が制御できなかったものが「墜落」、最後まで制御できたものが「不時着」、制御できるかどうかで表現が使い分けられているのだと思う。
 
 今回の辺野古沖で大破したオスプレイの場合、大破した機体をみれば、パイロットがオスプレイを制御できなかったことは明らかだ。「墜落」であって「不時着」ではない。
 
 マスコミはアメリカと安倍政権とに気を遣って「不時着」という言葉を使っている。事実と違う表現をするようでマスコミとしては失格である。朝日新聞は、「不時着を試みて浅瀬に着水し、大破した」と書いた(12月15日付)。
 「浅瀬に着水し、大破した」は、つまり大破しないようなところで着陸すべきであったところ、制御できなかったのだから、つまり「墜落」と同じ意味である。なんでここまで丁寧に描く必要があるのか。「墜落」と書けばいいではないか。
 「不時着を試みて」というのはどうしてこんなパイロット操縦士の当時の意図した気持まで書く必要があるのだろうか?発生した事実だけ書けばいいという観点からすれば、このような表現は余計である。「不時着」という表現を入れ込んでアメリカと安倍政権に忠誠心を見せつけようとしたのだろうか?それとも純粋に、集落に着地しないようにしたというパイロットの気持ちに配慮しようとしたのだろうか。

 たしかに発生した事実にはいろいろな表現の仕方がある。しかし、マスコミは誰のために事実を表現しようとしているのか。それが問題だと思う。

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このページは、馬場秀幸が2016年12月18日 14:50に書いたブログ記事です。

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