何かが違うんだよな~給付制奨学金について
 政権は、給付制奨学金の創設を検討している。一人につき月額30,000円程度。返済不要だから、できるとしたら画期的な制度だ。ただし、報道によれば、支給の対象は5000以上ある高校につき一人以上とされている。どうも、恩恵を受ける人たちは僅かな人たちに限られそうだ。

 たしかに、とにもかくにも「創設」することが大事なのだと思う。しかし、何かおかしんだよねと思う。そう思っていたら、2ヵ月前の朝日新聞の記事を読んでわかった。大学学費の高騰を放置したままにして、給付制の奨学金制度をもうけても、焼石に水ではないかということなのだ。

 論壇時評の小熊英二は、「75年に比べて、国立大学授業料は約15倍、私大授業料は約5倍となった。渡辺寛人によると、子ども一人を大学まで通わせた場合の教育費の家計負担は、すべて公立でも総額1千万円以上、すべて私立だと2千万円以上となる」と述べている(朝日新聞2016年10月27日)。
 
 その結果として学費が家計に重くのしかかる。小熊は続けて後藤道夫の論文を紹介する。「子ども2人がいる4人世帯では年収から税金・保険料・教育費を除いた生活費が、生活保護基準を下回る。大都市の世帯で子ども2人が大学に進学すると、年収600万円以下でも下回ってしまう」「そのため少子化や「子どもの貧困」が広がる一方、約半数の大学生が奨学金を借りている。」

 私も、離婚事件などで学費が家庭生活に影響を及ぼしていることを実感する。限られた収入をどれだけ教育費に振り分けたらいいのか。家計支出の配分をめぐって夫婦が争う。一方は子のために良かれと思い、惜しみなく収入を教育費に使いたいと思えば、他方はそこまで必要ないではないかと言うのだ。また、離婚により一方が高校生の親権者になった場合、その子の進学希望をかなえたくてもかなえてあげれない場合がある。家裁で決められる養育費では大学、専門学校進学の場合の家計を補うことは不可能なのだ。
 
 以上の事例が、貧困世帯ではなく、一般のいわゆる社会の中間層に含まれる人たちの間で普通に問題になってきているというのも特徴的だ。教育費の高騰化は社会問題、政治問題でもある。
 
 こういう事実からすると給付制奨学金の創設は、その意義を否定するものではないが、「焼石に水」のように思える。高騰する学費を下げることについても真剣に検討してもらいたい。教育についての格差の再生産を放置してはならないと思う。

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このページは、馬場秀幸が2016年12月23日 18:14に書いたブログ記事です。

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