馬場秀幸: 2012年2月アーカイブ
司法改革の論議の中では、将来的に自治体や企業が弁護士を採用することが予定されているといった需要論が盛んに
言われた。しかし、実際はどうだったか?
日弁連は、2009年に東京、大阪などの証券取引所の上場企業など5215社に対して「企業の弁護士採用に関するアン
ケート」を実施し、1196社から回答を得た。そのうち、「弁護士を採用している」と回答した企業は47社のみ。残りの1149
社は「現在採用なし」、又そのほとんどの1112社は、今後弁護士を採用する予定もないという回答だった。その理由を問う
たところ、「顧問弁護士で十分」「現在の法務部などで不自由しない」「やってもらう仕事がない」など採用の動機が乏しいと
いう回答が多数を占めた。
また、日弁連は2010年に全国の地方自治体を対象としたアンケートを実施した。回答のあった1226自治体のうち、弁
護士資格を有する弁護士が「いる」と回答したのは10自治体。いないと回答した自治体に対して、今後の採用予定につい
て質問したところ、ほとんどの自治体が「採用の予定なし」と回答した。
「やる仕事がない」というのも、素直な意見だ。そもそも、まともな事業を展開していれば、法律の専門家を抱える必要など
はないだろう。仮に、法的アドバイスが必要になったとしても、内部に高給取りの職員弁護士を抱えるよりも、必要に応じて
顧問弁護士に相談する方が結果として安上がりということになる。 つまり、需要側に法的サービスを受けようとする動機が
なければ需要が具体化することはないが、現実には予想していた需要というのはほとんどなかったと考えていい。
2月26日の朝日新聞の社説は大要こんな内容だ。
「日弁連会長選挙は当選者が決まらず、再投票となる。論戦を見て感じるのは弁護士がどんどん内向きになっていること
だ。宇都宮氏も、山岸氏もに司法試験合格者を1500人以下に減らすように訴えている。しかし、本当に人々の法的ニーズ
は満たされているのか?原発事故の賠償が進まない要因には弁護士の助けが得られていないこともあるのではないか、
オリンパスの役員には法律家が一人もいなかったではないか、潜在的な需要はあるはずだ。この2年間、日弁連は既得権
益の擁護としか思えない主張を繰り返してきた。しかし、意識を改めて仕事に向き合う姿勢を見直すべできではないか。」
宇都宮時代の2年間を「既得権益の擁護」と否定的な総括しかしていないから、この社説の真の目的は何となくわかる。
しかし、それはさておいても「潜在的な需要論」には正直首を傾げたくなる。
書類の不備の原因に弁護士が助けていないからだというところはいい。しかし、その原因としては、弁護士が足りていな
いということもあるかもしれないが、他方、弁護士がいたとしても、被災者に弁護士が敷居が高いと思い、任せようという気
持がないということもありうる。そして、敷居の高さというのは、弁護士がとっつきにくいという事情もあれば、経済的な要因
もあるだろう。したがって、後者が原因であれば、書類不備と弁護士人口の問題とは直接結びつかないことになる。ところ
が、朝日は増員すれば、すべてがよいかのように論じている。しかし、そんな簡単な話ではないと思う。そういう意味では、
朝日新聞の論調は科学的ではないと思う。
また、オリンパスの役員に法律家が一人もいなかったと言っている。これも、企業の方で法律家を必要としていなかっただ
けではないかとも思える。
つまり、需要というのは、「需要」の側が真に必要と感じたときに、その「需要」は潜在性を脱することになると思う。その意
味では、朝日が「弁護士が意識を改め、仕事に向き合う姿勢を見直していかなければならない」というのはおかしくないと思
う。「供給」する側が「需要」側に対して、その必要性を働きかけることは自然であると思う。言われないとその必要性になか
なか気づかないからだ。しかし、だからといって、弁護士会の運動を内向きだというのはかなり強引で飛躍があると思う。
対シテイズは、「みなし弁済」規定の適用の可否について、債務者側が盛り返しを見せている。高裁レベルでは、今までに
みなし弁済を認めた判決(債務者敗訴)が6件、みなし弁済を否定した判決(債務者勝訴)8件となり、昨年よりも債務者側
が優勢になりつつある。
新潟でも、新潟簡裁、新潟地裁で、借主側がみなし弁済の適用をされて二度負けた事件につき東京高裁の上告審で見
直し判決が出されそうだ。判決は3月22日。
なお、日栄、商工ファンドの事件を参考にすれば、最高裁は一通りの高裁判決の結果をみて判断をしてきたように思う。現
在確認されている事件だけでも最高裁に3件が上告されている。そろそろ最高裁としての考え方が示されてもおかしくはな
い。
2月20日 最高裁:光市母子殺人事件の被告人に死刑を言い渡す。弁護士出身の宮川裁判官のみが死刑に反対の少数
意見を書く。
2月24日 弁護士会臨時総会。仕事がなくてひまだという声がよく聞こえる。弁護士の中にも勝ち組と負け組みたいなのが
できつつあるのだろうか。弁護士会の会活動のありかた、会費負担のありかた、などいろいろと議論がされた。な
かなか弁護士会の日常業務に参加できていないので、総会は有用な意見を聞ける貴重な場だ。日弁連会長選
挙再投票の告示あり。懇親会にも参加。午後8時の新幹線に乗り、長岡でくびき野に乗り換えて夜10時に高田
に到着。
2月26日 雪がもこもこ降っている。「オールウェイズ 三丁目の夕日'64」を観る。原作のマンガは馴染めずに読んだことも
なかった。前作がテレビで放映されているのを観てついつい引きずられた。テーマは「巣立ち」だ。「北の国から」
で巣立っていった吉岡秀隆が、今度は父として子を送り出す役を演じている。日本映画もいいですよ。
新潟県弁護士会臨時総会。ホテルオークラ新潟。200人近い人が一同に会した。数年前までは考えられない光景だ。人
が増えるということは、自然に組織も活気付く。ただし、いいことばかりでは決してない。弁護士会での議論も、今後の弁護
士会という船のかじをどこに向けたらいいのかということがいろいろと議論された。
一つは広告の問題だ。ある会員は、昨年弁護士会が出した広告が弁護士の品位を欠くのではないかと批判した。これに
対しては、品位を気にしていては人目につくような広告は作れない、との回答があった。また、別の会員からはインターネッ
トでは行政書士や司法書士の広告があふれている、弁護士でも交通事故など着手金無料で仕事を引き受けるなどの広告
が溢れている、これらを見据えた上での戦略が必要になっていくのではないか、との指摘もなされた。インターネットの広告
を肯定的に考える人たちは新潟にはほとんどいないだろう。大量宣伝は本来的に弁護士の仕事とは結びつかないはずだと
誰もが考えているはずだ。他方で、広告を自由化した頃には思いも寄らなかった規模の広告がおびただしく氾濫する。それ
はそのまま弁護士の商売に深刻な影響を及ぼしてきている。「武士は食わねど高楊枝」などと言ってはおれない状況にな
っているわけだ。この議論は、聞いていて、理想と現実のジレンマで揺れ動く私たちの業界をリアルに反映しているなあと
感じた。どちらも正論というわけだ。
二つは、弁護士会の予算が年々厳しくなっている、委員会活動を縮小し広告費を削減するべきではないか、と言った問題
提起がなされた。これについては、広告費などが必ずしも弁護士会、或いは個々の弁護士の収入増になっていないとして
支持する意見もあれば、会員の会費を上げてでも活動を維持するべきではないかとの意見もあった。私は、広告費、委員
会活動が直接に収入増につながるとは思えない。だから、そういう現実的な面を考えれば、会費をアップするというのは余
り支持は得られないだろう。しかし、委員会活動をなくせばいいかというと決してそうではない。現在でも、多くの人々は弁
護士の敷居を高いと考えている。その敷居を少しでも低くしていくことが弁護士会の仕事だと思っている。限られた予算の
中で市民にとって有意義な弁護士会を宣伝するしかない。意見の対立が激しいようにみえた論点だが、話をすればそれな
りに一つの方向にまとまるのではないか、と私は思う。
2月13日:風邪気味なのでマスクをした。ところで、この時期になると初めてのお客さんでマスクをされて来ることがある。風
邪で他人に移さないようにと配慮されるのかもしれないが、マスクのままだと表情がわからない。相談は、相手の
顔の表情をみながらする。だから、マスクは業務の支障になる。しかし、マスクを取ってくださいというのも傲慢な
感じがするので悩む。だから、私の方でマスクをする場合は、まずマスクをとって顔(不細工な顔ですが)を全部見
せる。そして「申し訳ないが風邪なので」といってマスクをすることにしている。こんなことを悩むのは自分だけか?
ただし、表情をみながら話を聞くというのは相談の真髄であることは間違いないはずだ。
夕方、糸魚川に接見に行く。
2月14日:午前中、お客さんの相談、裁判所で離婚の和解協議など。
午後、新潟で常議員会。公判事件の証人として出廷した人が判決がいまだ出ていないにも関わらず偽証罪で逮
捕勾留された事件について会長声明を出すかどうかで議論が交わされた。逮捕状請求する検察官も相当問題だ
が、安易に逮捕状を発布する裁判官の判断にも随分と問題がある。だから、抗議は裁判所にも出すべきだ。
2月15日:新幹線まちづくり推進上越広域連携会議の駅名等検討部会(それにしても長ったらしい名前だ)が、脇野田の新
幹線駅名について第1案として「上越」第2案として「上越高田」ということで上申することにした(上越タイムス2
月15日)。私は、上越の地名は入れるべきではないと思う。上越新幹線とか、上越国境の「上越」と紛らわしい
からだ。それに「上越」は新潟を3つに分類しようとして無理矢理ぶったぎるための地名で行政的な区分けによる
名称だ。だから、1案、2案いずれも反対。
2月18日:朝から吹雪。午前中、お客さんと打合せ。大雪との予報であったが、余り積もらなかった。やれやれ。
名称の問題というのは根深いものだ。高田市と直江津市とが合併したとき(私が7歳のとき)も、新市名をどうするかが激
論になった。結局、「上越市」になったわけだが、当時、高田市在住の杉みき子さんが「上越」というまったく生活と縁もゆか
りもない名称をつけようとしたことに対して大反対をしていたことは後で高校生くらいになって初めて知った。
最近では、新潟市の周辺市町村の合併だ。豊栄、白根、新津、今まで慣れ親しんできた名前が、合併によって「中央」と
か「東」とか「西」とかどこらへんの地域を意味するのかまったくわからなくなってしまった。親しみもないし、具体的なイメー
ジもわかない。これでは、ネーミングする意味がないだろう。
妙高市も同様だ。少なくとも住居表示からは「新井」という名称が消えた。事務所に「妙高市」のお客さんが来ても、旧妙
高村、旧妙高高原町なのかそれとも旧新井市の人なのか「妙高市」といわれただけではわからない。
それに対して、上越市の広域合併のときは、「清里村」→「清里区」というように旧名称を生かしてくれた。これは、元木浦
市長の功績かもしれない。
委員会の提案が1番目に「上越」次が「妙高上越」ということになったようですが、私は「上越」を名称に入れることに断固
反対。理由は、一つ、「上越新幹線」「上越国際スキー場」つまり、群馬県境地域とまぎらわしいからだ。二つ、もともと「上
越市」の「上越」はお役所が新潟県を地図を見ながら三つにぶったぎった結果としての名称であり、生活の匂いがまったく
感じられないもので、そこに現に生活している自分にとっても「高田」や「直江津」には馴染みこそあれ、「上越」という名前に
はまったく愛着を有していない。三つ、直江津地域の方々は「高田」という名称が駅名につくこと自体が反対だという地域セ
クト主義的な発想があるとか。それはわかるが、その「上越・・・」論は余り「上越」を積極的に推す意見とはいえない。そも
そも、直江津は、地域交通の要衝として全国的に有名だ。東京に行けば、「直江津」は知っていても「高田」は知らないとい
う人がおおい。まして、「上越」市の名前も、位置も知らない人が多い。だから、せめて新幹線の駅名に「高田」を入れてもい
いのではないかと私は思う。
2月6日 野田首相「マニフェストになくてもやらざるをえないことはある」(朝日新聞 2月5日)とか。母校での講演のせい
か、顔には全然緊張感がない。
2月7日 土地家屋調査士会の学習会に参加。「委任と代理」ということで2時間話をさせてもらった。今まで要求されたこと
のないテーマだったので、受験時代の教科書を開いて復習。星野英一の民法概論がコンパクトにまとまっていて
参考になった。委任を受けた受任者には善管注意義務、報告義務などがある。「受任者は委任者の請求がある
ときは、いつでも委任事務の処理の状況を報告」しなければなりません(民法645条)。弁護士の仕事も委任契
約によるものです。弁護士の皆さん、きちんと報告義務果たしていますか?
2月8日 大雪になり今冬二度目の事務所拍。
2月9日 朝、時間があったので高田公園の周辺を1時間かけてぐるりと回る。大手町交差点の歩道橋をわたり、右折して
上越大通り沿いを南に向かって歩く。南城高校前を通り、自衛隊の前、図書館の脇を通りすぎて司令部通り沿い
に出る。陸上競技場、外堀脇の歩道は高い高い雪の壁ができている。でも、久し振りに青空もみえて快適な散歩
だった。何かいいことがあればいいな!
2月10日 離婚事件で東京高裁に出廷。はくたかは30分程度遅れるが、何とか時間に間に合った。和解離婚成立。帰り
に新橋の日弁連会長選挙の宇都宮弁護士の選挙対策事務所に寄る。結果は弁護士会単位では37単位会を制
するも、最高得票には至らなかったために宇都宮候補と山岸候補との間で再投票となる。再投票日は3月14
日。 帰りは、越後湯沢の旅館で一泊することに。はくたか金沢行きの最終電車が雪のために運休してしまった
ため。ところが、この日は越後湯沢の旅館はどこも満杯。なんとか空きのあったホテルを見つけ出してチェックイ
ン。屋根がない露天風呂に入る。頭に容赦なく雪が降り積もる。
2月11日 9時の鈍行のほくほく線に乗り、犀潟駅で降りる。タクシーを呼んで事務所に11時頃にようやく到着。疲れた出
張も何とか終わった。
2月12日 朝、ジャックランドの原稿書き。町内会の懇親会に参加。雪も小康状態の一日だった。
岩手県で5歳の女の子が屋根から落ちた雪の下敷きで死亡した。テレビをみると、屋根は雪落下式でおそらく屋根にたまっ
ていた雪が大量に一度に落ちて子どもたちを直撃したのだろう。落下式屋根は、屋根に上って雪下ろしをする労働や人間が
屋根から落ちる危険をなくしてくれた。しかし、他方で今回のような事故を生む新たな危険性を生じさせた。
ところで、子どもにとっては屋根から自動的に落下してたまった大きな雪の塊の場所は絶好の遊び場だ。たとえばかまくらを
作るにしても、通常であれば一度雪を積み上げてから穴を掘る。しかし、落下式屋根の下の雪の塊はその積み上げる手間を
省いてくれる。また、自動的にできた急傾斜の坂は小さな子どもにとっては箱庭のようなスキー場だ。だから、こどもは危険な
ど知らずにその場所で遊びたくなるだろう。
だから。
落下式屋根の周辺は、家族に立ち入らないように十分言い聞かせたり、外部の人間が通行に利用するところのような場
合には立入り禁止のような札を立てたりすることが必要だろう。
1月30日:このところ行き帰りの通勤にとても神経を使いくたびれる。道路の両脇には雪の高い壁ができている。信号のな
い交差点では見通しがまったく悪い。恐る恐る車の頭を出しながら、車がこないかどうか右を見て左を見る。ま
た、氷点下の気温が続き、道路も凍っている。急ぐときはついつい凍っていることを忘れがちになる。
1月31日:東京高裁での期日があったが、雪のため断念。事務所に待機してい弁論準備・電話会議になった。
2月 1日:この日は埼玉で調停。はくたかが20分遅れ。何とか越後湯沢に到着したものの接続の新幹線に間に合わず。
相手方の弁護士、裁判所と連絡を取り合って、期日を延期することに。そのため、引き返す。ところが帰りは突
風のため、くびきあたりから徐行運転になり、直江津駅に着くのが1時間近く遅れた。雪のせいで混乱が続く。
2月 2日:福島県南相馬市の避難者から法律相談(ただし、原発の損害賠償とは違う件)。東電との交渉はしているのかと
聞いたら何もしていないとのこと。東電の資料を読んでもよくわからないし、どこの弁護士に頼んだらいいのかも
わからないし、ということらしい。夕方から集中豪雨のような雪。間断なく降り続く。道路が次第に渋滞するように
なる。あっという間に50センチくらい積もる。仕方ないので事務所に泊まることにした。近くの店に食事に行った
が、ご主人がいない。お客も来ないだろうと思って除雪をしていたとのことだった。除雪を中断して料理をつくっ
てもらったが、何だか申し訳なくなってしまった。その後、道路の通行止めがあったようで結果的に事務所に泊
まったのは正解だったようだ。
2月 3日:午前中、離婚調停。午後、2月7日の勉強会の打合せ。夕方から債務整理の相談で午後8時まで。
2月 4日:高田市街地一斉雪下ろし。道路を通行止めにして道路に各家の屋根の雪を排雪することができる。後日、業者
が雪を回収して雪捨て場に持っていってくれる。この機会を逃したら本当に大変なことになる。事務所も、もうボ
クら家族だけではどうしようもできない状態の雪の山なので業者さんに依頼。一日かけて大町側の道路に排雪
してもらう。
2月 5日:晴れ間もあり、比較的おだやかな一日。今週は力仕事をしたわけではないが、なぜかくたびれた週であった。
沖縄防衛局局長が、宜野湾市の市長選挙に干渉した。しかし、その端緒が共産党のスクープ質問だからなのか、追及がと
ても生ぬるい。例えば、2月1日の朝日新聞は、政治面で田中防衛省に対するクイズ質問に田中防衛大臣がタジタジになって
いたことを伝えていたが、選挙干渉の問題は社会面での扱いにとどまっている。役所が選挙に関わることはあってはならない
ことでこれは政治の腐敗と堕落で政治面で取り上げるべき問題だと思う。そういう意味でニュース素材を扱うセンスがどこかお
かしくなっているのではないか。
続けて2月3日の朝日新聞を見ると、この問題を、公務員の政治活動の問題、つまり人権問題と同列に論じている。これもま
た違うだろう。防衛局長の選挙干渉はいわば支配者側の権力の濫用という問題である。他方、公務員の政治活動の問題は、
公務員という衣装をまとった生身の人間がどこまで政治活動が許されるかという人権の問題である。権力をもつ人へは当然に
厳しく縛りをかけて、もたない人へはなるべくやさしく自由を認めるというのが常識的な憲法の考え方である。
