9月16日 外国人が見た自民党総裁選
知り合いの外国人がおもしろいことを言っていた。
「どうして総裁選の討論会はいつも菅が真ん中なの?他の二人は文句を言わないの?」
私は(まったくテレビを観ていません)「おそらく、他の二人は今回は当選の見込みないし、荒立てるのもイヤだから遠慮しているんではないか」と言ったが、彼は驚いたままだ。「だったら何で立候補するんだ?意味がないではないか?」私「次を狙っているから顔を売る必要があるんだよ。」彼「だとしても、遠慮するのはまったくわからん」私「ぶつかったら、今度は本当に当選の芽がなくなるから主張するのを我慢しているんだよ」。彼は信じられないというポーズをとった「今回は当選の芽がない、顔を売るにしても、不公平だということをアピールすればいいではないか」ということだった。
石破も岸田も内心では悔しかったんだろうと思う。しかし、自分の主張や憤りを訴えることによるメリットとそれを今は自重するメリットとを比較した場合、まだ後者が勝ると考えたのではないか?背景にあるのは「出る杭は打たれる」という日本的なムラ文化であると思われる。こういうの、なかなか外の人には分からないよね?