白川勝彦代議士 生き方そのものがまぶしかったです。
白川勝彦代議士がご逝去されました。74歳。十日町高校から東大法学部に進む。東大在学中に司法試験に合格。そして、弁護士をしながら政治の世界に挑戦。1976年新潟4区(現在の新潟6区)から衆議院選初出馬。その時は落選するも、79年の選挙で当選。
1976年といえば、ボクは小学校6年。79年は高校1年。ボクにとっては、普通の田舎者でも頑張れば成功できるんだという希望の星でした。生き方そのものがまぶしかった。ボクが弁護士を目指したのも、当時の白川勝彦代議士のカッコいい姿があったからです。「リベラル」という言葉は、白川代議士の宣伝物で初めて知りました。
おそらくは、自治大臣になられたころが一番だったのでしょうか。ボクが弁護士として上越地域に戻った頃には政治の世界も様変わりし、代議士は政治の舞台から離れて東京で弁護士をされていました。
「リベラル」「護憲派」として一貫した生き方をされました。記者の取材に対しても、「(日本の)今の繁栄があるとすれば、今の憲法が根付いたからだ。基本的人権の尊重、民主主義、平和主義の三つが大原則だ」(上越タイムス2019年11月23日付 池田徹「戦うリベラル逝く」)と語られたとか。
最近では、保守の立場ではあったものの野党共闘には理解を示し、新潟県知事選などでも積極的な発言をされていました。生き方そのものが「武闘派」だったんじゃないかと思います。今でもボクは尊敬しています。
謹んでご冥福をお祈りいたします。