首里城消失 自分や自分の関わる家族、地域のアイデンティティーってありますか?
芥川賞作家の大城立裕さん。沖縄は「琉球処分」依頼、本土への政治・文化への同化が進められた。同化を進化させることで本土による差別を払いのけようという切実な願いがあった。戦後になっても、一方では沖縄独自の誇りを求めながら、他方では本土への同化志向を捨てきれないのが沖縄の心だった。その複雑な心情に変化を与えたのが、1989年に始まった首里城の復元だった、という。
「復元された首里城の敷地には、「万国之津梁」と刻まれた鐘の複製がつるされている。交易で栄えた琉球王国の理念をうたったものだ。こうした自分たちの歴史を知り、再評価することが、今やかつてないほど強くなった沖縄のアイデンティティーにつながったと思われる」(朝日新聞2019年11月1日、大城立裕「歴史伝え 誇りをくれた」)
沖縄に行けば、沖縄の民謡がどこでも流れ、カチャーシーが踊られる(これは選挙報道でもよく見られる光景だ)。沖縄は、苦難の歴史を経ながら独自の文化を守り続けてきた。「首里城はたとえ消失したとしても、一度は復元されたその姿は、沖縄県民の心に残っている。もちろん、時間は必要だろうが、戦後の復興で沖縄県民が発揮した「なにくそ」という負けん気が再びみられるのではないか。沖縄の心が再び結集すると信じたい」(同上)。
大切なのは、モノではなくて、モノを支えている志と思います。