5月18日 週刊金曜日の内田樹「憲法が「空語」で何が悪い」を読む
「空語」という言葉があるらしい。広辞苑によれば「意味のない言葉」を意味するという。
内田樹さんは、憲法が「空語で何が悪い」と論じている(週刊金曜日2022年5月6日号)。難解な文章だが、下記のような内容のように読めた。
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憲法は、「そこに書かれていることが実現するように現実を編成してゆく」ための手引きだ。だから、憲法と目の前の現実の間には齟齬があって当然だ。
しかし、だからといって、「現実に合わせて憲法を変えるべきだ」というのは、「俺は何度試験を受けても60点しかとれないから、これからは60点を満点ということにしよう」と劣等生の言い分と変わらない。これは人間として改善する見込みを否定することになる。
しかし、人間を改善不能とみなすことを前提とするような制度設計はおかしい。建前としては、誰もが善良で賢明で正直であうおうな社会を「目標」として制度設計がされるべきだ。つまり、憲法は「そうなったらいいな」という願いを書き込むものだ。それが、いくぶんなりとも不確定な未来に輪郭を与えてくれる。
フランス人権宣言も、アメリカ独立宣言も、その時代においては現実的ないことが書かれている。でもそこには起草者の「そうなったらいいな」との強い願いが込められている。憲法は、空語だが、「現実を創出するための空語」である。
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今年は、ロシアのウクライナ侵略があり、憲法9条を改正しろという主張が勢いを増している。憲法9条はお花畑だという人もいる。「お花畑」で何が悪い、「理想」を書いて何が悪い?開き直ることが必要である。