雪の街だより 高田在住の弁護士馬場秀幸のブログです

5月5日 遠藤周作『私が・捨てた・女』

2020.05.05

 遠藤周作の『私が・捨てた・女』にステキな一節がありました。
 「天井のしみ跡をみつめている。ぼくはそれをみるのが好きだ。子供の頃、腹痛を起こして学校をやすんだ日は、いつもとちがった静かな家のなかで天井のしみ跡をじっと眺めて一日を過ごしたものだ。しみ跡は子供の眼には雲の形となり、動物となり、夢の城となった。」
 ボクも、東京は転々としました。大学1、2年は三鷹の上連雀、大学3年以降は谷中・根津界隈、その後は北区の十条。いずれも木造アパートでは天井は木の薄板が貼られていて、雨のしみ跡が必ずついていた。何気なく畳の上に仰向けになって天井のしみを眺める。歳を重ねるのに進路が決まらず「おれってどうなるんだろう」。親の希望とはまったく違う道を進むことを決意しながらも「それで本当にいいのだろうか」と悩む。悩むときはいつも天井を見つめていた。天井板とそのしみ跡は自分の話し相手だったかもしれない。一方的にこっちが頼りにするだけだったのだが。

馬場秀幸  カテゴリー:書籍・映画