ヤマザキマリ『ヴィオラ母さん』(文藝春秋)
『テルマエ・ロマエ』の作者ヤマザキマリが書いた母親「リョウコ」の物語。昨日はなかなか眠れず夜通しで読んでしまった。
リョウコは1933年に神奈川県の鵠沼で生まれた。元々は深窓の令嬢だったらしい。カトリック系の女学校で学び、ヴィオラを奏でるおとなしい女性で、ゆくゆくはいいところのお家に嫁ぐはずだった。しかし、27歳(1960年)の時、札幌で交響楽団が立ち上がるという話を聞いて、親の反対を押し切って北海道にわたる。指揮者と恋に落ちて結婚しマリを生む。しかし、その指揮者は結婚後まもなく病死。その後、リョウコはサウジアラビアで仕事をしている大手建設会社の技師と結婚。しかし、彼女はその男性とマリの妹を生むが、遠距離の別居生活のためその結婚もすぐに破綻。その後は彼女は楽団で演奏をしたり、講師などのバイトをしながら二人の子を育てていった。こんな物語だ。
リョウコさんは読んでわかるけれどスゴくタフなのだ。でも、これはリョウコさんばかりでなく、この戦争の時代に生まれて戦後を生きてきた他の女性の皆さんにも少し共通するんじゃないか。戦争ということで自由が制限され、女性ということでさらに生き方が縛られる。その束縛から逃れようという思いが必死で真摯な生き方に繋がっているんじゃないかと思う。ボクらの身近にも「リョウコ」さんがいると思うんです。リョウコさんまだ生きてます。身近なリョウコさんにも生きてきた歴史を聞くのもいいんじゃないか。リョウコさんの物語を読んでそう思いました。